「お酒をやめると寂しい」と思うのはなぜだろう

『「そろそろ、お酒やめようかな」と思ったときに読む本』という本を読み始めた。

といっても、まだ本文には入っていない。

読んだのは「はじめに」だけだ。

それなのに、いきなり手が止まった。

この本が想定している読者として、こんな人たちが挙げられていた。

  • 将来を考えて、そろそろお酒をやめたほうがいいと思っている人
  • 禁煙できたのだから、禁酒もできるのではないかと考えている人
  • 飲酒による体調への影響などが気になり始めている人

細かい表現はともかく、読んでいて思った。

これ、ほぼ自分じゃないか。

「そろそろやめたほうがいい」とは思っている

僕がお酒をやめたほうがいいと思う一番の理由は、ものすごく現実的だ。

翌朝がしんどい。

眠い。だるい。

そして、

「また飲んじゃったな」

と思う。

さらに最近は体重も気になる。

正確には体重そのものより、お腹まわりだ。

いわゆるビール腹。

健康診断の数値がどうとか、何十年後に病気になる可能性がどうとかいう以前に、すでに日常の中で「飲まなかったほうがよかったんじゃないか」と感じる場面がある。

だったら、やめればいい。

理屈ではそうなる。

でも、そんなに簡単ではない。

お酒がなくなると「寂しい」

「はじめに」を読みながら、もう一つ引っかかった。

禁酒を考えたときに、

大事な何かを失うような感覚がある。

これは僕にもある。

仮に「今日から一生、お酒を飲まない」と言われたらどうだろう。

健康にはいい。

翌朝も楽になるだろう。

お腹も少しずつ引っ込むかもしれない。

それでも、

「なんか寂しいな」

と思う。

最初は単純に、お酒が好きだからだと思っていた。

でも「はじめに」を読みながら考えているうちに、少し違う気がしてきた。

晩酌は「一日を終わらせるスイッチ」なのかもしれない

自分は、なぜ夜になると飲みたくなるのだろう。

考えてみると、お酒には二つの役割がある。

一つは、

「仕事が終わったあとの楽しみ」

もう一つは、

「今日はもう何もしなくていい」という合図。

仕事が終わって家に帰る。

風呂に入ったり、夕食を食べたりする。

そこでビールを開ける。

プシュッという音とともに、

「はい、今日はここまで」

となる。

僕にとって晩酌は、単にアルコールを摂取する行為ではなく、仕事モードから自分の時間へ切り替える儀式みたいなものになっているのかもしれない。

だから、お酒をやめることを想像すると寂しい。

ビールが飲めなくなること以上に、一日の終わりにある楽しみまでなくなってしまうような気がするのだ。

夜には「ご褒美」、朝には「後悔」

そう考えると、ちょっと不思議だ。

夜の僕にとって、お酒は一日のご褒美だ。

「今日も終わった。飲もう」

と思っている。

ところが翌朝になると評価が逆転する。

眠い。

だるい。

お腹も気になる。

そして、

「また飲んじゃった」

と思う。

夜にはご褒美だったものが、翌朝には後悔に変わっている。

この繰り返しを、もう何度やっているだろう。

「飲む引き金」は何だろう

本の「はじめに」には、自分が飲みたくなる「引き金」を知る、という話も出てくる。

そこで、自分の場合は何だろうと考えてみた。

嫌なことがあったとき?

ストレスがたまったとき?

もちろん、そういう日もある。

でも、それだけではなさそうだ。

僕の場合、かなり大きな引き金は、

「仕事が終わった」

なのかもしれない。

仕事が終わった。

今日はもう頑張らなくていい。

だから飲む。

そう考えると、毎日の生活のかなり深いところに晩酌が組み込まれている。

会社の飲み会では、飲まなくても平気なのに

もう一つ、本を読みながら「確かに」と思ったことがある。

以前に比べると、お酒を飲まないことへのハードルはずいぶん下がった。

少なくとも僕の場合、会社の飲み会では飲まなくても普通に成立する。

「今日は飲みません」で、それほど困らない。

むしろ僕が飲んでしまうのは、家族や友達といるときだ。

こちらのほうが心を許している。

リラックスして、

「まあ、飲もうか」

となる。

これも考えてみると面白い。

僕にとってのお酒は、人付き合いを成立させるための道具ではないらしい。

むしろ逆で、

緊張が解けて「もう頑張らなくていい」と感じた時間と、お酒がセットになっている。

だから会社では飲まなくても平気なのに、家では飲みたくなるのかもしれない。

「薬物」と書かれていてドキッとした

「はじめに」には、アルコールについてかなりストレートな表現も出てくる。

アルコールは、生きるために必要な食品ではなく、脳や体への作用を考えれば「薬物」だという話だ。

これには少しドキッとした。

普段、

「今日はビールを飲もう」

とは思う。

でも、

「今日は薬物を摂取しよう」

とは絶対に思わない。

同じものを指しているのに、言葉が変わるだけでずいぶん印象が違う。

だからといって、この一文を読んだだけで「よし、今日から禁酒だ」とはならない。

ただ、いつも何気なく飲んでいるものを、少し違う角度から見るきっかけにはなった。

お酒を取り上げるだけではダメなのかもしれない

まだ「はじめに」しか読んでいないので、この本が最終的にどんな答えを示してくれるのかは分からない。

そして僕自身も、この記事を書いたからといって「今日から一生禁酒します」と宣言するつもりはない。

ただ、一つ気づいたことがある。

僕がお酒をやめることを寂しいと感じるのは、アルコールそのものを失うからだけではないのかもしれない。

「仕事が終わったあとの楽しみ」と「今日はもう何もしなくていいという合図」を、一緒に失う気がするからだ。

だとしたら、お酒をただ取り上げるだけではうまくいかないのかもしれない。

お酒がなくても、

「今日はこれで終わり」

と思える何か。

そんなものを見つける必要があるのかもしれない。

まだ、その答えはない。

でも『「そろそろ、お酒やめようかな」と思ったときに読む本』の「はじめに」を読んだだけで、自分がお酒をやめられない理由が少しだけ見えた気がした。

本文には、いったい何が書いてあるんだろう。

少し続きを読んでみたくなっている。


今回「はじめに」を読んだ本

『「そろそろ、お酒やめようかな」と思ったときに読む本』

「お酒をやめたほうがいいのかな」と思いながら、なかなか踏み切れない人に向けて書かれた本です。

僕のように「禁酒するぞ」と決意するところまではいっていないけれど、最近ちょっとお酒との付き合い方が気になっている、という人には、「はじめに」からかなり引っかかるところがあると思います。

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