「リラックスするために瞑想を始めたのに、なぜか疲れる」
「集中しようとすればするほど、イライラしてしまう」
そんな矛盾を感じていた私が、ジョン・カバット・ジンの名著『マインドフルネス ストレス低減法』に出会い、自分の大きな勘違いに気づいた記録です。
もしあなたが、真面目に瞑想に取り組もうとして「うまくいかない」と感じているなら、この記事がその力を抜くきっかけになるかもしれません。
「4秒吸って、7秒吐く」という監視
以前の私は、呼吸に集中することを「呼吸をコントロールすること」だと勘違いしていました。
よくあるメソッドに従って、4秒かけて吸い、7秒かけて吐く。
でも、実際にやってみると、心の中はちっとも穏やかではありませんでした。
「4秒数えたけど、まだ吸いきれていない」
「7秒では吐ききれなくて、苦しい」
正解通りにできない自分に、常にもどかしさを感じていました。落ち着くための行為のはずなのに、実際には「正しくできているか」を自分自身で厳しく見張り続けていただけだったのです。
私はリラックスするために、ずっと緊張していました。
「集中」という言葉が、リラックスを邪魔していた
「集中する」という言葉には、どうしても力が入ります。
「ちゃんとやる」「対象から外れないようにする」「間違えないようにする」。
でも、その姿勢はリラックスとは真逆のものでした。
瞑想でストレスが減らないとき、多くの場合は「集中できていない自分」を責めてしまいます。けれど、この本を読んで気づいたのは、問題は集中できないことではなく、**「集中し続けようと、自分を縛っていたこと」**そのものでした。
無意識のうちに、瞑想という場にまで「成果」や「正解」を持ち込んで、自らストレスを生み出していたのです。
呼吸は「整えるもの」ではなく「ただ感じるもの」
本の第3章「呼吸のもつ癒しの力」を読んだとき、ハッとした記述がありました。
そこには、呼吸をコントロールしろとは一言も書かれていません。ただ、鼻や胸、お腹を通る空気の動きを「感じ取る」と書かれていたのです。
特に私にしっくりきたのは、鼻を空気が通る感覚でした。
今、鼻を空気が通っている。
少し冷たい空気が入り、温まった空気が出ていく。
そこには4秒も7秒もありません。正解も不正解もない。評価も採点もできない。
やってみると拍子抜けするほど地味な作業ですが、同時に「これで合っているか?」と疑う余地がないことに気づきました。
管理する必要がない。だから、緊張が入り込む隙間がなくなるのです。
意識が逸れても、それは「失敗」ではない
実際にやっていても、意識はすぐに逸れます。
仕事の悩み、今日の献立、どうでもいい雑念……。
以前の私なら、ここで「また集中が切れた、ダメだ」と自分をジャッジしていました。
しかし、本質は違いました。呼吸は、私が意識していようがいまいが、ずっと止まることなく続いています。
「あ、今は鼻を通る感覚を忘れていたな」と気づく。
それだけでいい。
逸れたら、逸れたと気づくだけ。
無理に戻そうとしなくていい。正そうとしなくていい。
呼吸という「すでにそこにあるリズム」に、ただ意識をそっと置かせてもらう。その感覚が掴めたとき、ようやく肩の力が抜けました。
日常に現れた、小さな変化
この本を読んだからといって、劇的な変化が起きたわけではありません。
でも、小さな、けれど確かな変化がありました。
日常生活でイライラしたり、焦ったりしたとき。
ふと、**「でも今、自分は呼吸しているな」**と、鼻を通る空気の感覚に意識が向くようになったのです。
何かが解決したわけではなくても、「今、この瞬間」に意識を置く場所がある。その事実だけで、自分の中にわずかな「余白」が生まれます。
瞑想が「合わない」と思っていた人へ
この本は、「瞑想をすればすぐにストレスが消える」という魔法を教える本ではありません。
• 瞑想をやっても、なんだか疲れる
• 集中しようとしてイライラしてしまう
• 正しくやろうとして三日坊主になった
そんな人にこそ、第3章の視点は刺さるはずです。
これはリラックスする方法を学ぶ本ではなく、「すでに入っていた力」に気づき、それをそっと手放すための本だからです。
整えようとしなくても、あなたの呼吸はすでに完成しています。
まずは、鼻を通るそのかすかな空気の感触を、ただ眺めることから始めてみませんか。


コメント