「やる気」を疑うのをやめたら、英語学習は動き出した
大人になってから、英語の勉強を始めた。
テキストも買ったし、単語帳も買った。
でも、そのほとんどは新品のまま本棚に並んでいる。
これは私の生活のなかで試していること。
まだ実験段階で、確証がある話ではない。
それでもひとつだけ、はっきりしている。
続かなかった理由は、意志の弱さではなかった。
やる気があるときほど、人は準備に熱中する。
私もそうだった。
英語をやろうと決めた日は、必要そうな教材を一気にそろえた。
結果はどうなったか。
テキストは本棚に収まり、
気づけばその上に物が積まれ、視界から消えた。
「また無駄遣いして」
妻にそう言われ、自分でも否定できなかった。
熱が冷めた自分を、どこかで責めていた。
そんなときに読んだのが、
『ジェームス・クリアー式 複利で伸びる1つの習慣』の第6章だった。
そこでは、モチベーションを過大評価するな、と書かれている。
人は合理的に選択しているようで、
実際には「目につくもの」を選んでいるだけ。
選んでいる気になっているだけだ、という指摘だ。
この一文を読んだとき、
本棚に並んだ新品のテキストが頭に浮かんだ。
同時に、もう一つ思い出したことがある。
うちの子どもは、高校生になる今も、
小学生の頃からずっとダイニングテーブルで勉強している。
テーブルの上には、参考書やノートが出しっぱなしだ。
正直、ダイニングテーブルとしては整理されているとは言えない。
行儀がいいとも言えない。
それでも、勉強時間は長い。
理由を聞くと、いつも同じ答えが返ってくる。
「ここが一番集中できるから」
机が立派だからでも、
やる気が特別あるからでもない。
ただ、そこに座れば、勉強が始まる。
行動が、場所に根づいている。
この様子を見ていて、
習慣というのは意思よりも、
「どこに置かれているか」で決まるのだと感じていた。
だから英語も、やり方を変えた。
気合を入れるのをやめた。
iPhoneのホーム画面、
一番押しやすい場所に、
ワンタップで英語学習ができるYouTube動画が再生される
ショートカットのアイコンを置いた。
毎朝、イヤホンをつけて、そこをタップするだけ。
やる気は出していない。
計画も立てていない。
考えてすらいない。
それでも、英語に触れない日は減った。
この本を読んで一番救われたのは、
「努力が足りない自分」を疑わなくてよくなったことだった。
習慣が身につかないのは、性格の問題ではない。
怠けの証拠でもない。
配置の問題だ。
この本は、
もっと頑張れ、と言ってこない。
代わりに、環境を少し動かせばいい、
その程度の話にまで、習慣を引き下ろしてくれる。
もし今、
新品のまま本棚に並んでいる教材があるなら。
始めようとして、始まらなかったことがあるなら。
それは失敗ではない。
ただ、人間の性質を知らなかっただけだ。
この本は、
その見方を静かに教えてくれる。
私もまだ実験中だ。
ただ、少なくとも「やらなかった自分」を責めることはなくなった。

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